「心神喪失者医療観察法」廃案闘争を振り返って

全国「精神病」者集団会員 長野英子

 あしかけ2年あまりとなった法廃案闘争は、2003年7月16日の法公布を持って敗れた。私たち全国「精神病」者集団がその結成の1074年以来阻止し続けてきた保安処分がついに成立したのだ。本来約30年あまりに及ぶ闘いの総括作業が今求められていると考える。しかし30年はおろかこの2年間の総括であっても筆者一人の力量ではとても及ばない作業でもあり、今回は私の非常に個人的視点からの感想を述べる。なおこの2年余りの闘争の記録がパンフとなっているので、一般的なまとめはそちらをお読みいただきたい。
[1]

☆「精神医療改革」としての特別病棟必要論
 すでに本誌91号でも述べたように、70年代から80年代の刑法改悪=保安処分新設攻撃とは違って、今回の保安処分立法については下からの要請、とりわけ精神保健福祉の専門家そして精神障害者家族の動きがその背景にあったことが特徴である。そのことを端的に示しているのが保岡興治元法務大臣(当時国会議員)の私的勉強会である。
 全家連の滝沢武久氏によれば、保岡議員は2000年施行の精神保健福祉法の際の積み残し課題として触法精神障害者問題を取り組むため、大熊由紀子氏、当時八代英太議員秘書の滝沢氏、そして保岡議員とその秘書の4名で1999年1月この私的勉強会を発足させたとのことである。[2] この勉強会には山上皓東京医科歯科大学教授、日精協の犬尾医師(佐賀)、今村医師(鹿児島)、長谷川医師(東京)、長尾貞夫医師(兵庫)が参加している。そのほか「精神病」者本人の広田和子氏、日弁連・日本精神神経学会の会員からも意見を聞いている。
 そしてこの研究会の成果として「重大な犯罪行為をした精神障害者の処遇決定及び処遇システムの在り方などについて」の法務省厚生労働省の合同検討会が発足し、2001年1月から10月まで計7回開催された。
 大熊由紀子氏や滝沢武久氏がなぜこの保岡勉強会を始めたのかは当事者がその問題意識を明らかにしていない以上はさだかではないが、推測するに何らかの「触法精神障害者対策」そして「特別病棟」を作ることで一般の精神病院が改善され、地域での精神障害者福祉も充実する、という思い込みによるもののようである。これは与党を説得する際に「触法精神障害者」の厳重な隔離拘禁と引き替えに「一般の精神障害者への精神保健福祉の充実」を勝ち取ろうという作戦といえる。それがその後「心神喪失者医療観察法案」上程の過程で語られた「この法案と精神医療保健の充実は車の両輪」というスローガンとなる。
 「触法精神障害者」とレッテルを貼られた人々をいけにえにした許すことのできない裏切り行為である。
 しかしながらこれは保岡勉強会を始めた彼らのみの問題ではない。彼らの背後には多数の精神医療・福祉・保健従事者・家族(日精協のみとはいえない)の思いがある。それは改革の糸口を見出せない閉塞感と疲弊、そこから生まれるいわばわらにもすがりたいという思い、あるいは非原則的な幻想がある。[3]「この厄介な人たちさえどこかに送ればもっといい医療やサービスが提供できる」「この厄介な人たちにいいサービスを提供するには金も人手もなさ過ぎる」「与党政府を説得しなければ予算がつかない」という思いではないだろうか[4]。その意味では池田小事件はこうした幻想を持つ人々にとってはマイナスに働いたともいえよう。彼らの目的は精神保健福祉法の改悪によるより広い対象者を隔離する特別施設建設にあったからだ。池田小事件によって急速に特別立法への作業が進み、極端な保安処分そのものの法案が作られ、反対運動がそれなりに盛り上がったことは彼らにとっては誤算であっただろう。しかしながら賛成派の言うようにこれは「一歩前進」であり、今後法そのものの改定による対象者の拡大や措置入院患者をも特別病棟に収容していくという運用で彼らの目的を達成していこうとするだろう。[5]

☆廃案闘争は当事者抜きの闘争
 さてこうした下からの保安処分待望論、保安処分推進策動の中で「触法精神障害者論議」が重ねられてきた。「心神喪失者医療観察法案」廃案闘争を担ってきた人たちの中でも、上記の保岡勉強会に対する批判は私の知る限り私以外していないように思う。
 2002年法案が上程されようとしていたころの私自身の絶望感をくつがえすようなの広がりで廃案闘争が繰り広げられたことは事実であった。しかしそのためにあえて廃案の一点に絞りきった共闘にという共通認識、そして何より国会の議論ペースを闘う側が作れるほどの力量は望むべくもない中で、国会のペースにあわせて国会対策に運動は追いまくられ、本質的な議論をする暇さえなかったこと、そうした中で反保安処分闘争でありながら、保安処分の対象者抜きの議論や闘争を続けざるを得ない状況となっていた。
 私個人の苛立ちと気持ち悪さはどうしようもなかった。私たちは常に「当事者の声を聞け」と精神医療・保健・福祉従事者や行政に迫ってきた。ところが私自身が廃案闘争の中で当事者(保安処分の対象者)を抜きにした闘争を重ねてきた。
 思えば、80年代の刑法改悪= 保安処分新設阻止闘争の中では、ロボトミーの被害者で手術を行った医師の妻と義母を殺した桜庭章司さんや電気ショックの被害者であり「殺し屋」と呼ばれた飯田博久さん、そして保安処分新設策動に利用された西口バス放火事件の丸山さんなどへの直接的救援活動がささやかであれ「精神病」者および精神医療従事者等で行われていた。そして彼ら本人の声も反保安処分闘争の中に存在していた。
 しかし今回はどうであろうか? わずかに集会に寄せられたメッセージの中には違法行為によって措置入院された方の声があったが、この「触法精神障害者」論議の中ではそのきっかけとなった北陽病院事件のIさん(現在満期出獄後精神病院に強制入院中)、あるいは池田小事件のTさんの救援活動は目に見える形では行うことができず、彼らの声もまた廃案闘争の中になかった。また措置入院中の事件を起こした人たちの声は私たちは運動に存在しなかった。87年の精神保健法成立は改悪面は多々あったが、その以前と比べれば通信面会についてはかなり改善されてはいる(もっともゆり戻しもきているようだが)。それにもかかわらず、法が施行されていたら対象者となったであろう人々を中心とした法廃案闘争を私たちは作り出すことができなかった。私たち全国「精神病」者集団は「保安処分対象者と共に」ということをいってはきたが、実際にはこの20年間、刑事救援活動は個人的営みとしてしかできておらず、組織としての取り組みはできてこなかった。もちろん精神障害者の刑事事件救援を専門に担う組織もこの国には存在しない。こうした私たちの運動の不十分さが、上記のような下からの保安処分待望論を生み出したとも言える。 

☆今後の闘いに向けて
 11月3日東京で「予防拘禁法(心神喪失者医療観察法)を許すな! ネットワーク結成集会」が開かれた。100名以上の参加者があり、正式にネットワークが発足した。現在ネットワークの参加者を募っている。[6]
 当面厚生労働省法務省等からの情報収集や各地の情報交換、学習討論会等を取り組み、2年以内の法施行阻止を目指して活動を続けることになる。[7]ネットワークの今後の取り組みはこれからの議論となるであろうが、今必要なことは法施行阻止と同時に、現実に対象者の救援活動を担える組織を各地で作っていくことである。すでに池原弁護士の呼びかけで主に弁護士を対象とした付添い人研修会が始められようとしているが[8]、弁護士だけで救援活動ができるわけではない。各地に「精神病」者や精神医療・保健・福祉従事者、市民労働者の精神障害者刑事事件救援組織を作っていくことが即急に求められている。それでこそ対象者を中心とした法廃止の闘いが作り出すことができる。そうした具体的個別の闘い抜きにはこの法体制の解体は困難を極め、むしろ保岡勉強会の路線、すなわち対象者をいけにえにし一定の特別施設を前提としたうえでの「精神医療改革」すら許してしまうことになる。
 廃案闘争の中で精神医療保健従事者の多くがあるいは「精神病」者の一部さえ法案に対置するのに、「精神医療・福祉の充実」を掲げた。いわく「精神障害者の犯罪の多くは未治療あるいは治療中断であり被害者は大半が家族」「孤立した精神障害者・家族に援助を」。あるいは措置入院の適正な運用、あるいは適正な起訴不起訴の運用が掲げられた。いずれも確かに問題点が山積みしている課題ではある。しかし法案に対置されるべきものではないし、これらの議論が法案に対置されるとすればそれは衣を換えた精神障害者の人権否定・弾圧の新形態になりかねないものである。
法案を本質的批判する視点は、精神障害者は人間であるのか否か、人権があるのか否かであり、同時に国家が犯罪防止のために人を予防拘禁してよいのか否かである。そしてそれは当然にも現行の精神保健福祉法体制そのものへの批判につながる。私たちが長年訴えてきた精神保健福祉法撤廃につながる。
 今国連で障害者人権条約が作られようとしており、国内でも障害者差別禁止法制定運動が始められている。国際的には世界精神医療ユーザー・サバイバー・ネットワーク(WNUSP)が一切の強制の廃絶に向け条約策定作業に積極的に参加している。[9]私たち精神障害者は人間であり、全ての人同様の人権を保障されるべきであること、そして一切の強制の廃止こそが新法を根底から覆すものであり、具体的な救援活動と共にその方向に向け私は今後も闘い続けたい。

プロフィール
「精神病」者本人。現代書館の『精神医療』改訂版という宿題を抱えつついまだ1年前の引越し荷物も片付かないまま手をつけられない状態。ホームヘルパー制度の使い勝手の悪さと現在格闘中。
[1]『閉じ込めないで! もうこれ以上――「予防拘禁法を廃案へ」闘いの軌跡 (2002年から2003年)』
 廃案闘争の記録、各地からの声、資料、年表などをまとめた記録集です。
B5判 128ページ 500円 送料は1冊290円、5冊450円、10冊590円 
お振込みの際はパンフ代と明記してください。
申し込み先 「心神喪失者医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワーク」(仮称)

[2] 「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇について 日精協の対応の経過」長尾卓夫 日精協雑誌第21巻第2号 および『精神障害者の事件と犯罪』(滝沢武久 中央法規 1600円)参照

[3] それゆえにこそ伊藤哲寛医師など改革派医師たちは「精神医療を良くする市民ネットワーク」を立ち上げ、その代表世話人に大熊由紀子氏をすえたのである。世話人一覧には「触法精神障害者病棟賛成派」も名を連ね、一方で「精神病」者本人の山本深雪氏や広田和子氏も抜け目なく参加させている。この「精神医療を良くする市民ネットワーク」には各地から参加者が集まり主にインターネット上とはいえ池田小事件以降さまざまな議論が交わされた。それは確かに今までであうことのできなかった人々の議論の場として貴重なものであった。しかしそうした中で突如世話人から1周年記念である2002年6月に厚生労働省の高原障害福祉部長を呼ぶという方針が出され、「心神法」審議のさなかになぜ、という会員からの批判で全ての世話人が辞任したという経緯がある。1周年記念の集まりは高原部長が出席しないままに開かれたが、その後も旧世話人からの辞任にいたる経緯説明もされないままとなっている。

[4] こうした議論の一端はたとえば、山上皓医師による研究班「精神障害者の自傷他害行為への対応と、その防止に関する医療体制等の整備に関する研究」報告書にある触法精神障害者処遇実務研究会での医師他の発言に見られる。研究報告書本文は厚生労働科学研究成果データベースで読むことができる。http://webabst.niph.go.jp/

[5] 「心神喪失者医療観察法案」の修正案塩崎恭久議員は参院での答弁で以下述べている。「先ほどの裁判官のお話に行く前に、なぜ措置制度があるのにこんなものを作るんだというお話がありました。私は、この修正案を作るときに、厚生労働省には将来的にやっぱりこの措置制度と今度の新しい制度は有機的に一体化してもらわないと困るということも言ってほしいということを言って、何回か衆議院では言っているはずです。
 それともう一つは、今回のこの新しい病棟は今回対象になる人たちだけに限られているわけではなくて、重い精神障害を患っている方々が将来的にはやっぱりこれを受けられるような、今でも制度的には排除しているわけじゃないんですけれども、そういうものにしなきゃいけないという思いを持っていて、なおかつそれでも社会復帰ができないような形のものであるならばやっぱり見直そうよといって、今回修正で五年後の見直しというのを作ったわけですね。」

[6] 「心神喪失者医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワーク(仮称)」への参加のお願い
保安処分新設立法・予防拘禁法「心神喪失者医療観察法」の成立を怒りをもって糾弾します。この法制定を受けて、今政府は法の発動に向け、政・省令や審判規則整備、国立武蔵病院・肥前療養所など保安処分病棟設置、医者・看護師・ケースワーカーの研修など保安処分体制作りに動き始めています。
私たちは希代の悪法の成立を許しました。しかし、法案阻止の闘いを闘ってきた当事者、医療従事者、労働者、市民、弁護し、学者などさまざまな領域を超えた仲間が、約2年に及ぶ闘いの中で、これからも精神障害者差別を許さず共に生き共に闘っていける可能性を確信できたことは、闘いの中で獲得したかけがえのない成果でした。その成果をさらに発展させ、保安処分体制構築・法の発動を許さない闘いへ新たに踏み出していくことが今求められています。
そのような新たな闘いに向けて緩やかな交流・連帯・共闘を目指す「予防拘禁法を許すな!ネットワーク(仮称)を結成していきたいと思います。
多くの皆さんの参加を要請します。
「ネットワーク」について(運営・具体的な闘いの定期などは今後の議論の中で)
目的 法の発動を許さず廃止を目指しつつ、保安処分を許さないさまざまな闘いを闘う幅広い・緩やかな交流・連帯・共闘を目指す
取り組み内容
    ・保安処分体制構築と法の発動を許さない活動
    ・学習・討論会活動
    ・情報の交換・共有化(通信の発行を含め)
年会費 団体一口1000円以上、個人500円以上
「心神喪失者医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワーク」(仮称)
連絡先
e-mail kyodou-owner@egroups.co.jp 郵便振替口座 00120-6-561043
名義「予防拘禁法を廃案へ!」
ご参加いただける方は上記連絡先まで以下をお知らせください
氏名(団体・個人)  公表の可・不可もお書き添えください
連絡先 住所
電話番号、ファックス、e-mail
年会費 何口   円 
(団体・個人 公表の可・不可をお書き添えください)

[7] 施設が作られる国立武蔵病院のある小平市市議会意見書(施設指定に慎重を期すべしとの内容9月12日採決)によれば、9月中に国は10ヶ所程度の法の下での入院施設通院施設の指定を行ったとのことである。ネットワークとしてはどこを指定するのかも含め現在厚生労働省との面会を重ねている。質問項目と第1回面会の記録は長野のサイトを参照。

[8] 問い合わせ・申し込み先は以下 東京都文京区本郷3−18−11 TYビル501
東京アドヴォカシー法律事務所
рO3(3816)2061
fax03(3816)2063

[9] 国際的な障害者問題の取り組みとりわけ障害者人権条約にむけて作られた、国際障害者同盟(WNUSPもそのメンバーのひとつ)はWNUSPと共に「心神喪失者医療観察法」成立に対し日本政府に抗議要請文を出している。抗議要請文全文は長野のサイトに掲載中。



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