今改めて反保安処分を  そして強制入院制度の撤廃を

              全国「精神病」者集団会員   長野英子  

全国「精神病」者集団は全国の「精神病」者個人団体の連合体であり、結成 は1974年にさかのぼる。当時政府がもくろんでいた刑法改悪=保安処分新 設に対抗することをひとつの軸として生まれた組織である。私は全国「精 神病」者集団の一員として、80年代よりこの国の精神保健分野での保安処 分への動きを注目し続けてきた。

  

その立場からいまいちど保安処分の歴史を振り返っておきたい。  

 80年代の刑法上の保安処分新設の動きは、政府・法務省主導の動きであ り、露骨な治安立法として私たち「精神病」者団体のみならず広く労働者市 民、法律家などの反対の中で葬り去られた。

 

しかしながらその後も保安処分新設への動きはさまざまな形で続いてきた 。87年精神保健法成立時に始まった道下忠蔵医師の研究報告書に基づいた 「処遇困難者専門病棟」新設の動きは、厚生省版の保安処分施設新設をも くろんだものであった。この「処遇困難者専門病棟」は私たちとともに精 神保健の専門家団体の反対があり阻止された。

  

80年代の刑法保安処分とは異なり、90年代後半からの保安処分への動き は政府主導というよりも、精神保健専門家団体や弁護士会からむしろ「精 神保健改革」の一環として要望されてきたことは確認しておかなければな らない。

 

 99年の「法改正」に対して精神科医の諸団体は以下のような措置入院 制度強化に向けた要望を出している。

 

「措置入院の解除については指定医2名で行うことにする」(国立精神療 養所院長協議会、日本精神神経科診療所協会)、「措置入院に関して、保 健所、精神保健福祉センターなど精神保健関連行政機関が有効に関与でき るシステムにするとともに、措置入院全体の経過に関して責任を明確にす ること」(全国精神保健福祉センター長会)、「措置入院の措置解除に際 し、6ヶ月間の通院義務を課すことができることとする」(国立精神・神 経センター)、「措置入院を、特別措置(触法精神障害者――犯罪を犯し た者、検察官、保護観察所の長等の通報による入院)と一般措置に分ける 。特別措置については、国・都道府県立病院及び国が特別に指定した病院 に入院することとする」(日本精神病院協会)、「触法行為のケースの治 療、措置解除時の司法の関与を明確化」(精神医学講座担当者会議)。

 

一方日本弁護士連合会も2000年2月刑事法制委員会内精神保健福祉小委員 会の「触法精神障害者に対する施策のあり方についての意見交換会」に日 本精神病院協会の「触法精神障害者対策プロジェクト」の委員を呼び意見 を聞くとともに、2001年1月までに「触法精神障害者」に対する刑事処分 のあり方や措置入院制度などについて検討する委員会を設置することを決 めた。

 

国会でも、99年の「法改正」の過程で衆参両院の委員会は「法改正」の 付帯決議として「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇のあり方について は、幅広い観点から検討を行うこと」といった内容を全員一致で決議した 。「犯罪を犯した精神障害者」について委員会が決議したのは少なくとも 87年以降の法改正においては初めてである。

 

この状況の中で、医療観察法の成立への動きを作った保岡興治元法務大臣 (当時国会議員)の私的勉強会が発足している。全家連の滝沢武久氏によ れば、保岡議員は2000年施行の精神保健福祉法の際の積み残し課題と して触法精神障害者問題を取り組むため、大熊由紀子氏、当時八代英太議 員秘書の滝沢氏、そして保岡議員とその秘書の4名で1999年1月この 私的勉強会を発足させたとのことである。  この勉強会には山上皓東京 医科歯科大学教授、日精協の犬尾医師(佐賀)、今村医師(鹿児島)、長 谷川医師(東京)、長尾貞夫医師(兵庫)が参加している。そのほか「精 神病」者本人の広田和子氏、日弁連・日本精神神経学会の会員からも意見 を聞いている。

 

そしてこの研究会の成果として「重大な犯罪行為をした精神障害者の処遇 決定及び処遇システムの在り方などについて」の法務省厚生労働省の合同 検討会が発足し、2001年1月から10月まで計7回開催された。この 合同検討会の主意書を読むと、精神医療、精神保健、福祉、全てを「犯罪 の防止」すなわち保安処分に向け動員していく意図が明らかだ。

 

この合同検討会のさなか2001年6月に池田小事件がおき、一気に保安処分 立法へと弾みがついたことは事実であるが、上記のようにそれ以前から、 「触法精神障害者対策」としての議論が積み重ねられてきた。

  

いったいなぜこれらの議論が続けられてきたのだろうか? この問いに 答えるにはそもそも強制入院制度がなぜあるのかを問い直すしかないだろ う。

いま問われるべきは強制入院制度、精神保健福祉法体制
 

 国家が人を法律によって監禁できる施設は監獄と精神病院である。精神 病院には精神障害者のみが不定期に拘禁される。ところが医療観察法施行 により、さらにもうひとつ精神障害者のみが拘禁される施設ができた。し かもこの施設は「再犯のおそれ」を要件として「再犯を防ぐため」に不定 期拘禁されるという予防拘禁施設である。

 

 この法案が国会で修正されたために対象者の要件から「再犯のおそれ」 はなくなったのだ、という議論もあるが、現実に法の目的は「再犯防止」 であり、また行政もそれを認めている。たとえば東京都は「心神喪失者等 医療観察法(予防拘禁法)を許すな! ネットワーク」の質問に対して 「東京都といたしましては、本法は、精神障害者の再犯の防止と社会復帰 を目的としていると解釈しております」と回答している。さらに運用上も 鑑定基準に「再犯の危険があるか否か」が問われていることは明らかだ。

 

私(たち)は強制入院制度そのものがすでに保安処分であり、撤廃される べきものと主張してきた。患者本人の利益のため、救急医療として本人の 同意のない医療は、精神科以外でも行われている。しかしほかの科には強 制入院・強制医療のための法制度はない。精神科のみに強制入院制度があ る合理性はまったくない。本人の利益以外の目的があるからこそ強制入院 制度が精神科にあるのだ。

 

そしてその目的とは社会防衛であり、治安であり、犯罪防止以外の何もの でもない。

 

実態としてもあまりに多くの人があまりに長期間、「精神病院という名の 施設」に隔離拘禁されてきた。一時的に入院することでしかできない治療 を行なうための場として、すなわち「医療的な入院施設」として、精神病 院が機能しているとは言いがたい。

 

精神保健体制は治安に奉仕するという側面を持たされてきたし、予算獲得 のために治安的任務を積極的に担ってきたとすらいえる。だからこそ精神 保健の問題として「触法精神障害者対策」が語られ続けてきたのだ。

 

法廃案闘争の中でこの法案に対し私たちはさまざまな批判をしてきた。例 えば「再犯予測は不可能」、「再犯防止を目的とした体制は医療とは呼べ ない」「拘禁の継続や再拘禁をもたらしかねない以上、対象者は苦しくて も精神科医その他の専門家に本音をいえなくなり、医療そのものが成り立 たない」「精神障害者にだけ特別の予防拘禁制度を作ることは、精神障害 者は危険だという差別と偏見を強化する」「再犯可能性0などという証明 は不可能、絶対安全といえない限り拘禁が続き、結果的には終生の拘禁と なる」などなどである。

 

しかしこれらの批判はそのまま精神保健福祉法にもあてはまる。

 

廃案闘争の中で、措置入院の鑑定における「自傷他害のおそれ予測」と医 療観察法で論じられる「再犯予測」とは異なるという議論がされた。前者 は医療的判断であり時々刻々の判断であるが、後者はそれより長い時間軸 の判断であるという説明がなされた。しかし実際に拘禁される側にとって はこうした議論がいかほどの意味があろうか。さらに実態としては措置入 院が理論どおりに運用されていないことは長期入院を見れば明らかであろ う。

 

強制入院制度がある以上、任意入院であろうが法律外の自由入院であろう が、強制の威嚇のもとでの「同意」あるいは「自発的」入院でしかありえ ない。そして「具合が悪いといったら入院させられるから」とか「薬を増 やされるだけだから」本音をいえない、という患者の声はしばしば聞かれ る。

 

精神科の病棟のみに鍵がかかり、そして特別の法律で強制入院制度がある こと自体が、どれだけ精神障害者差別をあおっているのか、論ずるまでも ないだろう。

 

今年の精神神経学会のシンポジウムで、検察が措置鑑定をする精神科医に 「こんなやつを野放しにしていいのか」と圧力をかけているという実態が 暴露された。こうした話は医療観察法案の審議中もさまざまな形で語られ た。いわく、精神病院が監獄の代用となっている、検察が安易に不起訴に して精神病院に押し付けてくるなどなどである。

 

圧力をかけ押し付ける検察が悪いのか、あるいはそれを拒否できない精神 科医が問題なのか、後者について精神科医が自ら問う発言はほとんどなか った。専門職としての誇りをこの国の精神科医はすでに失っているのでは なかろうか。仮に精神保健福祉法を許容したとしても、こうした精神科医 に強制入院制度を運用する資格はない。あるいは強制入院制度が治安を目 的としているからこそこうした精神科医の対応が生まれてくるといっても いいかもしれない。現実に措置不要あるいは入院不要と判断して、その人 が再び何か事件を起こせば、非難されるのは判断した精神科医ということ になり、措置判断は拘禁に傾くのは当然ともいえよう。

  

あたりまえの医療、あたりまえの福祉、あたりまえの生活を私たちは求 めている。そしてそのためには精神障害者だけの特別の制度はいらない。 強制入院制度そのものが撤廃されなければならない。

医療観察法の破綻を前にして
  

強制入院制度を前提として、その強制を最小限とするためという理由で 適正手続きを導入するという議論が87年法見直し時になされた。その後も 法「改正」議論の中でそうした視点が繰り返されてきている。

  

その視点から医療観察法を見ると、精神保健福祉法よりはるかに手続き としては緻密ということにならないだろうか。精神保健福祉法では強制入 院決定に際して「付添い人」である弁護士はいない。さらに医療観察法で は入院施設に外部からの委員を入れた運営委員会がある。強制医療に関し ても手続きとしての委員会が定められている。緊急時の強制的電気ショッ クについても事後的審査が委員会でなされることになっている。一方精神 保健福祉法では強制医療の手続きはまったくない。

 

あるいは医療観察法指定施設の花巻病院の病棟責任者村上優医師は「ぜひ ペイシェント・アドボカシー制度を」とまで発言している。

  

現在政府は医療観察法施設建設が進まないことを理由に、30床の施設 を全国24ヶ所という方針を撤回し、半分の15床でもいい、あるいは独 立した病棟ではなく病室単位の指定で15床以下でもいい、という方針を 出し、全都道府県にひとつずつ指定病院を作るとしている。

  

医療観察法の「手厚い人手と高度な専門的医療」という建前はすでに破 綻しているといっていい。しかしこの方針を進めようとする人たちは全都 道府県にしかも病室単位で医療観察法施設ができることで、施設の治安的 な特殊性が骨抜きになり、むしろ精神医療全体の底上げになるとすら主張 していくことであろう。さらに医療観察法こそが強制入院制度のお手本、 一般の強制入院制度もその適正手続きにならえ、と言い出しかねない。

  

強制入院制度に対抗するためには適正手続きをという視点は、すでに8 7年に論じられたことではあるが、むしろ保安処分推進につながりかねな い危険性がある。強制入院そのものこそがとわれなければならない。

  

今後政府の方針がどうなるかは予断を許さないが、仮に各都道府県ひと つ病室単位の指定という方向が出てくるとすると、以下の3つの点が問題 となっていく。

  

第一に医療観察法施設の階層化。おそらくは唯一の国立施設であり司法 医学研究所を擁している、国立武蔵病院をトップとして強制収容対象者の 分類収容が行なわれる。前例は英国にもオランダにもある。国立武蔵病院 の「手厚い人手と専門的医療」は即「資金もあり、人手もあり、そして対 象者は選び放題なんでも研究できる」ことを意味するようになり、国立武 蔵病院は司法精神医学の研究のための施設となることだろう。さまざまな 人体実験が保安処分施設で行なわれてきた前例は各国にあまたある。施設 への監視は継続して取り組まれなければならない。

 

第二は医療観察法の特色あるいは眼目が地域処遇となること。すでに審判 で地域処遇が決定した例があるが、今後医療観察法の地域処遇がモデルと され、地域での「精神病」者への監視体制、個人情報の共有化が図られてい くおそれがある。すでに各国では地域での強制医療制度が始まっている。 医療観察法では、地域処遇において保護観察所の社会復帰調整官が中心と なるものの、実際に執行するのは精神保健福祉法上の精神保健福祉センタ ーであり、あるいは保健所であり、警察でありまた、自立支援法に定めら れた社会復帰施設、その他の支援制度となる。さらに医療観察法では、こ れら公的機関に加え、民間の大家さんや地域住民の自治会までもが参加す ることになり、これらの人々が、保護観察所の社会復帰調整官の下で個人 情報を共有し処遇を決定していくことになる。こうした体制は精神保健専 門職にとってはある意味では理想の地域精神保健体制とも言えよう。すで に20年以上前から学会等でこうした地域精神保健体制の成果が誇らしげに 発表されてきており、私たちの個人情報に対する自己コントロール権、他 目的使用禁止の主張はまったく省みられていない。さらに個人情報保護法 は貼り紙という手続きさえ医療機関で行なえば、患者の同意は得たものと みなされることになっており、実質なんでもできるというザル法である。 個人情報の他目的使用に関しても医療観察法など法に定められていれば可 能であるし、また何らかの「危険」を防ぐためとみなされれば可能となっ ている。

 

そして第三に、自立支援法に象徴されるような福祉切り捨ての中で、精神 保健体制に予算を求めるには治安目的を掲げるしかないという方向である 。医療観察法の施設を受け入れなければ予算がつかないという形で、施設 受け入れが進むことは明らかである。一方脱施設や退院促進が、棄民化に つながることのないように、という懸念からでもあろうが、自立支援法に 関連して私的勉強会とはいえ「契約になじまない障害者等(触法・虞犯障 害者)の法的整備のあり方勉強会」が始まった。脱施設の旗手でもあるそ のメンバーの出した長崎アピールの一項目に「触法・虞犯障害者に対し省 庁を超えた新たな支援サービスを整備し、相談や自立に向けた社会適応訓 練のシステムを充実させる必要がある」が掲げられた。この方向は第二に 上げた地域監視網の問題とともに警戒しつつ注目しておかなければならな い。

障害者権利条約への取り組みの中で
  

2001年国連総会は障害者権利条約作成に向け特別委員会を発足させるこ とを決議した。権利条約特別委員会は2002年夏に第1回が開かれて以来、 すでに6回を重ねている。来年1月の第7回でほぼ草案か作られ再来年には 国連総会での採択が期待されている。

  

この条約の制定過程には障害者団体の非政府組織が積極的に参加してい る。2003年1月には草案作成のための作業部会が開かれ、そこには私たち 全国「精神病」者集団の参加している世界精神医療ユーザーサバイバーネッ トワーク(WNUSP)をはじめとして国際障害者団体が委員会メンバーとし て正式に参加した。

  

そもそもこの障害者権利条約が求められているのは、国連人権憲章や人 権規約が実質的に障害者に保障されていないという現状認識が共有された ということであり、まず障害者も人であり、他の人と同様の人権が保障さ れなければならないという原則に基づく。したがって強制医療や強制入院 は障害を根拠としてなされてはならないという主張がWNUSPのみならず、 全障害者団体から出され、その成果として作業部会草案において強制医療 ・強制入院は禁止されるという歴史的勝利が勝ち取られた。

 

たとえば人身の自由の条項では以下記述されている。 「政府は障害者が不法にあるいは恣意的に人身の自由を奪われないよう、 そして障害者の人身の自由の剥奪は法にのっとって行われるよう保障しな ければならない。そしていかなる場合でも障害を根拠に人身の自由の剥奪 がなされないよう保障しなければならない」

 

また別の拷問その他非人道的品位を汚す取り扱いからの自由の条文におい て「とりわけ政府は当事者の自由な説明と同意なしの医学的科学的実験を 禁止し、そうした実験から障害者を保護しなければならない。現実にある あるいはあると認識された障害を矯正、改善あるいは緩和することを目的 とした強制的介入または強制的施設収容から障害者を保護しなければなら ない」

  

強制医療は「拷問」と位置づけられ、いかなる手続きもこれを正当化で きないと宣告されたのである。

  

この議論の中で面白かったのは各国政府とりわけEUが、強制入院・強制 治療は「社会の安全のために必要」であり、そうである以上適正手続きを 、と主張したことである。全国「精神病」者集団も参加している障害者団体 の集まり日本障害フォーラムが、条約に関して日本政府の代表と会ったと きに、私はこの点で日本政府の態度を追及した。日本政府の立場では強制 入院強制治療は医療観察法も含め、本人の医療と社会復帰を目的としてい るはずだと追及したところ、日本政府は従来の立場を変えない、強制治療 ・強制入院は社会の安全のためではないと、明言した。もちろん社会の安 全のためであろうが、あるいは本人の「最善の利益」のためであろうが、 「される側」にとっては何の違いもないのだが、今後医療観察法および強 制入院制度を国内的に問い直す際、この点は重要な点となるであろう。

  

医療観察法および精神保健福祉法撤廃に向けて私たちが闘っていくためには、ひとつは建前であろうが、どちらも本人のための医療と社会復帰を掲げているという点を最大限活用し、一人一人の真の利益になっているか否かを問う、という個別具体的救援の闘いが必要である。そして一方では私たち「精神病」者も人であり他の人同様の人権があるという視点から、医療観察法はもちろん強制入院・強制医療体制そのものがあってはならない体制であると問い続け、その撤廃に向けた闘いを続けていかなければならない。いま障害者自立支援法において障害者相談支援事業は「中立・公平な立場で適切な相談支援が実施できる体制の整備」と政府が位置づけている(2006年3月3日 パブリックコメント募集資料 障害福祉計画に係る国の基本指針について)。これこそ裁きの論理であり、相談も支援もあくまで本人の利益にたって行なわれるべきもので、「中立・公平」とは相容れない本質を持っていることを否定している。さらに地域での相談支援の協議会まで作られようとしている。医療観察法の地域処遇の全面化といっていい。

  

この状況の中で、精神保健専門職に改めて要請する。医療も福祉もその営みはあくまで本人の利益のためにあり、治安の道具としてはならず、さらに精神保健改革のためあるいは医療観察法改正や廃止の道具としてはならないということを。そして医療観察法は精神障害者に対する差別的予防拘禁法であり、国家による犯罪である。その意味では法対象者は国家犯罪の被害者でもある。対象者を放置できないとして医療観察法に参加する専門職は、まず対象者を国家犯罪の被害者として位置づけ、その被害を最小に食い止めることを責務とするべきだ。医療観察法下の医療や支援体制を限りなく、あたりまえの医療あたりまえの支援に近づけるべく、医療観察法の空洞化を図るのが責務である。

 

医療観察法その他詳しい資料は以下長野のサイトに掲載中
  http://nagano.dee.cc/

 

以下に参考文献を列挙しておく
『精神医療』長野英子著 現代書館 1990年 1260円
『精神医療ユーザーのめざすもの――欧米のセルフヘルプ活動』
メアリー・オーヘイガン著 長野英子訳  解放出版社 1999年
   

『自立生活運動と障害文化――当事者からの福祉論』
全国自立生活セン ター協議会発行 現代書館発売
 2001年 団体編 「全国「精神病」 集団の闘い」 長野英子  

上記は書店でお求めください。下記は長野までご注文を
  futen1975-public2005@yahoo.co.jp

「日本精神科医療の半世紀
 −−どこへいくのか、そしていま何をなすべ きか
」岡田靖雄 講演録 
B5判 28ページ 発行所 
(社)大阪精神科診療所協会 定価 300円 送料別
 

「長野英子参考人意見 配布資料つき」
 2002年12月の衆院法務・厚生連合審査での参考人意見
100円 送料別

「WNUSP関連資料」B5版 24ページ 300円 送料別

WNUSP 2004年総会報告日本語版 A4判 48ページ
 500円(送料手数料込み600円)
 

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