平成18年4月24日

指定入院医療機関整備の方針変更に関する見解

‐医療観察法を凍結し、精神科医療を再建することを求める‐

                    日本精神神経学会
                         法関連問題委員会
委員長富田三樹生


T 医療観察法の施行体制の修正について
厚生労働省は平成17年10月28日付け各都道府県知事あて障発10228002号を発し、医療観察法指定入院医療機関の整備方針を変更するとともに、その方針に沿って全国の都道府県に対して指定入院医療機関整備の協力を依頼した。これは、医療護察法施行の平成17年7月15日においても指定入院医療機関の整備の見通しが極めて困難な状況にあることから、厚生科学研究「医療観察法・指定入院医療機関のバリエーションについての考え方」(分担研究者中島豊爾、平成17年9月日付)を踏まえて指定基準の変更を行ったものである。

整備計画の変更の要点は次の4点である。
    @都道府県立指定入院医療機関の整備が進まぬことを受けて、都道府県で整備することになっていた指定病床数を当初予定より減らす一方、国立関連の指定病床数を増やし、必要とされる700床を確保することとなった。これにより国立関連指定病床の比率が当初予定より高くなり、国と都道府県の病床割合は1:1となる。

    A当初の施設整備基準を緩和し、小規格の指定病床設置を可能とすることによって、全都道府県への指定入院医療機関配置を促すこととした。すなわち、当初は1病棟30床を1単位として構造設備、職員配置等を規定してものを、法施行を目前に控えた平成16年10月には15床規模のものも設置可能とし、さらに法施行直後の平成17年10月には14床以下の病棟も認めることにした。その結果、精神保健福祉法に基づく病棟の一部に医療観察法の病棟がはめ込まれることになった。

    B病床整備の時期については見通しが立たないことから「可能な限り早期」にという表現にとどめられた。

    C身体合併症患者のための病床についても、総合病院精神科の現状を考えるとどれほどの実効性があるかは疑問であるが、コメディカルについての基準を満たさなくてもよいとする形で、一応の言及がなされた。


上記の変更を踏まえ、先に挙げた都道府県宛への依頼文書では次の2点を要請している。
    1.人口500万人以上の都道府県は30床規模の病棟,人口500万未満の県では各地域の対象者を円滑に通院へと導くために14床以下の病棟を含めて整備すること。

    2.2年以内に整備することが困難な都道府県においては都道府県立病院の整備計画に指定入院医療機関の整備に関する記載ないし地域医療計画への医療観察法に基づく医療の確保に関する具体的記載のいずれかを行うこと。


政府によって最初に提出された医療観察法原案は、国会審議において保安処分であるとの批判や、再犯予測は不可能であるとの厳しい批判を受け、それをかわすために法の目的=再犯予防を文言上削除することを余儀なくされ、精神障害の改善に伴って「同様の行為を行うことなく」社会復帰できる者だけを対象とする趣旨の修正がなされた。今回の病床整備に関する変更は、法の運用とその責任に係わるさらなる重大な変更である。

医療観察法は、都道府県が責任を持っ精神保健福祉法とは別個に、裁判所や法務省保護観察所の関与を柱にする形で、国の直轄事業として立法された。しかるに、今回の変更によって国の実質的な責任は早くも従来の国立療養所の一部の衣替えに縮小されつつある。一方、都道府県に対しては、精神保健福祉法の機関委任事業である自治体立精神病床の整備や地域医療計画を利用し、「円滑な通院」の実現を口実に、法的根拠も不明なまま小規模な指定入院医療機関の設置を迫っている。これによって指定入院医療機関の規格は切り下げられ、内実の貧困な医療がなされようとしている。法の修正によって追加された「対象者の社会復帰」という目的が早くも空洞化されようとしている。ここに至って医療観察法は実質的に破綻しつっあるといわざるを得ない。

U 具体的な問題点
    1.医療観察法は,現行の精神科医療の水準から飛び離れた基準でデザインされており、その狭義の医療費だけで、年額200億になろうという国費を年間700床の入院者と、その対象者の通院費で費やす予定である。この費用規模は250万人に上る精神障害者への一年間の精神保健関連予算の約20パーセントになる。医療観察法は精神保健福祉法にもとつく一般精神医療の土台を荒廃させ,精神障害者総体の医療と生活を後退させる恐れがある。

    2.2度にわたる指定入院医療機関の指定基準の変更によって、都道府県立病院における指定病床がどれだけ増えるかどうか不明である。仮に増えたとしても、病院全体が貧弱な水準にある中で、少数の特別病床だけが突出した高い水準の医療が提供されるということは実際にはあり得ないし、社会復帰がその対象患者において特別に進むということも考えられない。精神保健福祉法下の入院医療の向上や地域ケアの充実を図らぬまま、都道府県立病院に指定入院病床の配置を押しつけ、形式的に必要指定病床数のつじつまを合わせようとすることは、医療観察法の保安優先の治療観を地域精神医療全般にもたらす可能性さえある。

    3.医療観察法の医療が必要とされた事例がどのようなケースであるのかについて、弁護士の付添人活動等に協力している本学会会員から様々な問題が指摘されている。軽微な傷害で申し立てられている事例、従来の精神保健福祉法の下での医療で十分と思われる事例,通院医療の決定がなされたにもかかわらず身近なところに指定通院医療機関がないあるいは住居が確保できないという理由で精神保健福祉法による入院を余儀なくされている事例等が報告されている。対象行為の有無や責任能力判断によって、対象者を精神保健福祉法と別個の体系に導入するという医療観察法の構造が、医療上の判断と軋礫を生じているのである。

    4.医療観察法における鑑定入院(別添見解「医療観察法における鑑定入院についての疑義と問題点」参照)、通院医療,地域処遇は、結局精神保健福祉法による資源に全面的に依存することになるが、その資源が貧弱であることが以前から指摘されてきたにもかかわらず放置されたままである。

V 医療観察法の凍結と精神医療の再建を求める
厚生労働省がこれまで示してきた指定入院医療機関の整備に関する度重なる方針変更は、医療観察法の目的の問題点、医療観察法の実施体制と精神保健福祉法に基づく医療との関係の矛盾の結果である。

どのような法の下であっても医療の目的は治療必要性であるべきである。精神保健福祉法には見られない「同様の対象行為を行なうことなく」という再犯予防に関する医療観察法の文言は無用のものである。

今回の指定入院医療機関の指定基準変更は、日本精神神経学会が繰り返し提言してきたように、都道府県が十分な財政的裏付けを得て、精神保健福祉法上の措置入院等の入院医療および地域医療を担うことができる体制を整備することによって、医療観察法の必要性がなくなることを図らずも示している。

いまこそ、医療観察法の施行を凍結し、精神科医療の抜本的改革を図る好機である。

併せて、責任能力判断を先行させ司法から医療へと一方的に対象者を送り込む不適切な不起訴制度運用を始めとした、司法と精神医療の間の制度的問題を整理することが急がれる。


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